本記事は、第9回に渡って掲載される「ソフトバンクグループのやさしい企業分析!」シリーズの第9回の後篇です。
ついにこのシリーズも最終章を迎えました。
今回は企業自体の分析からは離れ、ソフトバンクグループが2020年の3月中旬に急遽不可解なタイミングで発表した「自社株買い」の裏側に迫っていきます。
この記事を読むことで、
- ソフトバンクグループが2020年3月に2度発表した大規模な自社株買いの概要について
- ソフトバンクグループが大規模な自社株買いを行うと決定するに至った裏側の思惑
- 大量保有報告書の概要
- 大量保有報告書の簡単な見方
を知ることができます。
物事は疑って深読みをしてみることで、思いもよらない背景が見えてくるものです。
今回も肩の力を抜いて、とにかく楽しむことに重点を置いて読み進めていってください。
※今回ご紹介する内容は、あくまで筆者の推測によるものです。
ただし、ただの当て推量ではなくその結論にたどり着いた明確な根拠もご説明します。
すべてをお読みいただいた上で読者様もご自身の結論を導き出してみてください。
この記事では、便宜上
- 「ソフトバンクグループ株式会社」のことを「SBG(ソフトバンクグループ)」
- 「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」のことを「SVF(ソフトバンク・ビジョン・ファンド」
と呼びます。
本記事は、『ソフトバンクグループの企業分析シリーズ⑨前篇 ~不可解な自社株買いの真実を探る~』の後篇です。
まだ、前篇をご覧でない方は是非下記リンクからご一読ください。
本記事の理解がより深まります。
自社株買いの裏側を探る

筆者は
- 孫正義氏やSBGに何かSBGの株価を下落させたくない重大な理由があるのではないか
- 何かしらの理由によって緊急で株価を急上昇させたいのではないか
この2つを軸に、裏側にある本当の思惑を探っていくことにしました。
まずは、2019年10月から2020年10月におけるSBGの株価の推移を、孫正義氏とSBGが3月に行ったアクションとともに概観しておきます。
2020年3月のアクションと株価

*上に添付したスクリーンショットの取得日時(2020年10月5日深夜)
まずは、2020年3月に孫正義氏とSBGが行ったアクションと株価をまとめます。
時系列をしっかりと把握しておいてください。
◯ グラフ上の6本の縦線(左からグレー・薄緑色・黄色・藍色・オレンジ色・水色)
- グレー:2020年2月21日(5,664 JPY):コロナショックによる暴落前の最高値
- 薄緑色:2020年3月13日(3,764 JPY):SBGが5,000億円の自社株買いを発表
- 黄色:2020年3月16日(3,670 JPY):孫正義氏が株式保有比率を1.36%増加させる(大量保有報告書参照)
- 藍色:2020年3月19日(2,687 JPY):別件の報告義務発生日(大量保有報告書参照)
- オレンジ色:2020年3月23日(3,187 JPY):SBGが4.5兆円の資産売却と、2.0兆円の追加自社株買いを発表
- 水色:2020年3月26日(3,778 JPY):別件の報告義務発生日(大量保有報告書参照)
2020年2月21日時点で5,664円もあったSBGの株価はコロナショックの影響をもろに受け、5,000億円の自社株買いを発表した3月13日時点で既に約34%も下落しています。
次いで3月16日に、なぜか孫正義氏がSBGの株式保有率を1.36%も増加させます。
5,000億円の自社株買いを発表した3月13日は金曜日でしたので、孫正義氏は発表後最短の月曜日に買い付けを行ったということになります。
ただし、5,000億円の自社株買いの発表を行ったにもかかわらずその後も株価はグングン下落し、2月21日から1ヶ月も経っていない3月19日時点では2,687円と約53%の大暴落を記録します。
まとめには3月19日に別件で報告義務が発生していると記載してありますが、こちらは後ほどご説明します。
その後止まる気配のない下落に焦ったSBGは、3月23日に4.5兆円の資産売却と2.0兆円の追加自社株買いを発表するという暴挙に出ます。
そして3月26日に再度別件で報告義務が発生していると記載してありますが、こちらも後ほどご説明します。
このように、2020年3月は孫正義氏とSBGにとって激動の月となりました。
孫正義氏に関する知られざる事実

孫正義氏個人が直接保有しているソフトバンクグループ株式
突然ですが、皆さんは孫正義氏がSBGの株式をどれだけ保有しているかご存知でしょうか?
以下の画像は、2020年10月5日にソフトバンクグループ株式会社のホームページをスクリーンショットしたものです。

孫正義氏は2020年3月末時点で21.25%を個人で保有していたことになっています。
しかし、ここに記載されているのは実は正確な数字ではありません。
孫正義氏が個人で保有している株式の保有比率は概ね正確ですが、
孫正義氏は複数の資産会社を保有しており、
それぞれの資産管理会社がソフトバンクグループの株式を保有しているというのが大量保有報告書によって明らかになっています。
資産管理会社の株主が100%孫正義氏だと仮定すると、孫正義氏は実質的に資産管理会社を経由して上のスクリーンショットよりも多くの株式を保有しているということになります。
次は、そんな孫正義氏の資産管理会社を見ていきましょう。
孫正義氏の資産管理会社
孫正義氏は複数の資産管理会社を保有しています。
- 有限会社孫ホールディングス
- 孫アセットマネージメント合同会社
- 孫エステート合同会社
- 有限会社孫コーポレーション
- 合同会社孫エクイティーズ
大量保有報告書からわかるのは以上の5社です。

*合同会社孫エクイティーズは別の欄に記載されているため、ここには羅列されていません。
では次に、孫正義氏が個人で直接保有している株式と、資産管理会社を経由して保有している株式を合算するとどれだけの株式を保有しているのかを見てみましょう。
孫正義氏の実質的なソフトバンクグループ株式保有比率
孫正義氏が個人で直接保有している株式と、資産管理会社を経由して保有している株式を合算したものがこちらです。

こちらは2020年3月16日に報告義務が発生し、2020年3月24日に提出された大量保有報告書を切り取ったものです。
孫正義氏が個人で22.13%を保有しているほか、
4社の資産管理会社を経由して4.73%を保有しているということが記載されており、
合計で26.90%の株式を保有しているということがお分りいただけたかと思います。
孫正義氏が合計で26.90%の株式を保有しているということが同時に何を意味するかというと、株主還元策を講じることで一番得をするのは孫正義氏自身であるということです。
この事実を認識することはSBGの行動を予測するうえでとても重要ですので、しっかりと覚えておいてください。
大量保有報告書から得られる様々な情報

実は、大量保有報告書というのは様々な情報を得られます。
たとえば、
- 投資家(経営者)が資産管理会社を経由して保有している分も含めて何%の株式を保有しているのか
- 保有している株式をどれだけ担保として提供しているのか
など、5%以上保有している株主の仔細な情報を得ることができます。
大量保有報告書をチェックするメリット
ここでひとつ余談ですが、大量保有報告書をこまめにチェックしているといいことがあります。
大量保有報告書は、世界的な投資ファンドや投資家が株式を5%以上買い入れた際に誰にでも平等にその事実を教えてくれるものでもあります。
こまめにチェックしておくことで世界的な投資ファンドや投資家の投資判断に乗っかることができるようになります。
かつて「物言う株主」として恐れられ、村上ファンド(アクティビスト・ファンド)という運用資産5,000億円規模の投資ファンドを率いていた村上世彰氏をご存知でしょうか?
村上世彰氏はアンダーバリューな企業の株式を買い入れ、株主として株主提案や助言などを行うことで企業価値の向上に努め、株価が上昇したところで売り抜けるという投資戦略を得意としています。


無駄に現金を貯め込んでいたり、無駄な設備投資をしすぎていたり、株主のことを蔑ろにした経営をしているような企業の株式を買い漁り、
現在は村上世彰氏の実娘である村上絢氏や旧村上ファンドのメンバーを率いて、本人名義および株式会社C&I Holdings、株式会社レノ、株式会社エスグラントコーポレーション、株式会社シティインデックスイレブンス、株式会社南青山不動産、株式会社リビルドといった投資会社名義で株式投資活動を再開しています。
また、「世界一の投資家」「オマハの賢人」など投資界の神様的存在である「ウォーレン・バフェット」氏をご存知でしょうか?
先日、彼{がCEO(最高経営責任者)を務める世界最大の投資持株会社バークシャー・ハサウェイ社(Berkshire Hathaway Inc.)の子会社(National Indemnity Company)}が日本の5大商社の株式をそれぞれ約5%ずつ買い入れていたことが明らかになりましたが、もちろんこの案件も大量保有報告書が提出されました。
ウォーレン・バフェット氏は数年から十数年といった長期・超長期的な保有を前提として、アンダーバリューな企業の株式を保有するという投資戦略を得意としています。
*ウォーレン・バフェット氏が行うアンダーバリュー投資とはいわゆるバリュー投資(割安株投資)や村上世彰氏のところで出てきたアンダーバリューとは少し概念が違い、企業の本質的価値もしくは内在価値よりも現在価格が割安な時に投資していくというものです。
このように、中長期の保有を前提として株式を保有する投資ファンドや投資家が提出する大量保有報告書をこまめにチェックし、
自分自身の投資判断と照らし合わせ、自身も投資をするチャンスと見ればそれに乗っかってみるというのも、株式投資で勝つために有効な戦略のひとつだと筆者は考えています。
もちろん「猿も木から落ちる」ということわざがあるように、世界的な投資ファンドや投資家の投資判断に乗っかったからといって必ず勝てるというわけでは決してありませんので、そこには細心の注意を払う必要があります。
しかし、乗っかることもできるし乗っからないこともできるというように選択肢が増えることは決して悪くないことだと筆者は考えていますので、余談としてご紹介させていただきました。
実は、孫正義氏個人が破産の危機に瀕していた・・・

話を本題に戻します。
実は、2020年2月14日から発生したコロナショックにより、孫正義氏個人が破産の危機に瀕していました。
現時点では「ん?どういうことだ?」と思ってらっしゃる方が多いのではないかと思いますので、これから噛みくだいて解説していきます。
株式を担保に複数の銀行から融資を受けていた
実は、孫正義氏は個人と自身の資産管理会社を経由して保有しているSBGの株式を担保に、複数の銀行から莫大な融資を受けていました。
この件は大量保有報告書で明らかになっています。
先ほど3月19日と3月26日に別件で報告義務が発生していたと記載しましたが、実はこの件なのです。





上に貼った5枚の画像は、2020年3月26日に報告義務が発生し、2020年3月27日に提出された孫正義氏の大量保有報告書を切り抜いたものです。
- 1枚目が孫正義氏個人
- 2枚目が有限会社孫ホールディングス
- 3枚目が孫アセットマネージメント合同会社
- 4枚目が孫エステート合同会社
- 5枚目が有限会社孫コーポレーション
3月19日に報告義務が発生したものと3月26日に報告義務が発生したものを比較すると、
- 1枚目(孫正義)の(3)の担保提供株式数が3,000,000株
- 1枚目(孫正義)の(6)の担保提供株式数が7,000,000株
- 3枚目(孫アセットマネージメント合同会社)の(1)の担保提供株式数が2,500,000株
この1週間だけで合計して12,500,000株が追加で担保提供されたことがわかります。
時価{2020年3月19日の終値(2,687JPY)}で計算すると、実に335億8,750万円分の保有株式を追加で担保提供したことになります。
*さらに興味がある方は、ひとつ前に出された大量保有報告書(報告義務発生日2019年6月3日・提出日2019年6月4日)と今回の大量保有報告書(報告義務発生日2020年3月19日・提出日2020年3月27日)を比較して、どれだけの株式が追加で担保提供されたかを計算してみてください(この間に株式分割がなされているため、計算が少しややこしいです)。
このように、大量保有報告書には保有している株式のうち何株がどの金融機関に担保として提供されているか、貸し出されているのかなどが事細かに記載されています。
株式を担保に融資を受けることに伴う大きなリスク
株式を担保に融資を受ける際、その株式の発行会社や銀行や融資額など他の要素にもよりますが、その時の時価よりもだいぶ低い価格で担保評価額を見積もられるのが常です。
さらに、担保割れというのも頻繁に起こり得ます。
皆さんの中には不動産を担保に融資を受けているという方がおられるかもしれません。
不動産は価格の変動が株式に比べると穏やかで、さらに変動するスピードも遅いため担保割れというのはあまりイメージが湧かない方もいるのではないかと思いますが、
株式の場合は毎日価格の変動を確認することができるうえに不動産に比べるとボラティリティも高いため、担保割れというのが起こりやすいです。
株式を担保に融資を受けていた経営者の例
たとえば、2019年9月12日に保有している株式会社ZOZOの株式の半数ほどをヤフー株式会社に売却すると発表した前澤友作氏も、自身の保有株式を担保に莫大な融資を受けていました。
毎年100億円近い配当金を得て経営も個人としても順風満帆かと思われていましたが、
さまざまな施策の失敗や経営不振の影響で株価が暴落し、売却直前には金策に走っていたというのが大量保有報告書から読み取れます。
前澤友作氏が株式会社ZOZOの保有株式をヤフー株式会社に売却したのは新たなスタートを切りたかったというものではなく、
担保割れを起こしているにもかかわらず株価が下落し続けている状況から売却せざるを得なかったからではないかという見方をする人も多く存在しており、筆者もその一人です。
孫正義氏は2019年に前澤友作氏の苦しい状況を間近で見た人物であるため、担保割れを起こして金策に走り、ついには売却せざるを得なくなるという状況を恐れていたのでしょう。
SBGの自社株買い発表について、筆者の結論

ここまでたくさんの情報をご紹介し、それぞれを噛みくだいて解説してきました。
これらの情報を踏まえて導き出した筆者の結論は、
「株価の急激な暴落によって担保割れを起こし危機に陥った孫正義氏が、とにかく1日でも早く株価を急上昇させるために最善の策として過去最大規模の自社株買いを発表した」
というものです。
選択肢はひとつしかなかったのでは?
株価が短期間で急上昇するには
- 他社がTOB(株式公開買い付け)を発表する
- 凄まじい技術や製品の開発に成功したことを発表する
- 凄まじく好成績な決算を発表する
- 大規模な自社株買いを発表する
などかなり限られた要素が必要になります。
まず他社がSBGに対してTOBを発表するということは孫正義氏自身が決定できることではありませんし、
孫正義氏としてもSBGに対してTOBをされるというのは好ましくない事態でしょうから、採用したいもしくはすぐに採用できる策とは言えないでしょう。
凄まじい技術や製品の開発に成功したことを発表するというのも、「よし成功しよう」と思い立ってすぐにできるものではありませんので、有効な策とは言えないでしょう。
また、凄まじく好成績な決算を発表するというのも、「よし発表しよう」と思い立ってすぐに発表できるものではありませんので、使い物にならない策でしょう。
つまり、株価を短期間で急上昇させる策が上記の4つしかないと仮定すると、孫正義氏にとって1日でも早く直ちに株価を下支えするためには、
大規模な自社株買いを発表する他に選択肢がなかったということになります。
孫正義氏のかしこさ、再び
また、ここにも今シリーズで何度かご紹介してきた孫正義氏のかしこさが垣間見えます。
というのは、彼は2020年3月13日と2020年3月23日には自社株買いをしますと発表しただけであって、決して資金を使って自社株買いに着手したわけではないのです。
言ってしまえば、彼はあの時点では「過去最大規模の自社株買いをします」と大々的にプレスリリースを出しただけで、自身の思惑どおり株価を下支えすることに成功したのです。
これだけの大規模かつ最重要な判断を、精神的にかなり追い詰められていたであろうあのタイミングに、
これだけの短期間で行ったということに孫正義氏の強靭なメンタル、冷静な判断力、並外れたかしこさ、経営者としての手腕などが表れていると言っても過言ではないでしょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか?
今回はソフトバンクグループが2020年3月に急遽大規模な自社株買いを発表した裏側を検討してきました。
今回ご紹介したのは、冒頭でもお伝えしたようにあくまで筆者の推測によるものです。
*このシリーズを機にSBG分析にご興味を持たれて、この自社株買いについて筆者とは違う推測をした方がいらっしゃいましたら、是非、運営者ムネのTwitterへ筆者に向けてご意見をくださいますと大変嬉しく思います。
筆者がなぜ企業分析シリーズの最後にこの自社株買いの件を取り上げたかというと、この事実がソフトバンクグループの株価を予測するときに非常に役に立つ情報だからです。
ソフトバンクグループ株式の株価が下がることで困るのは当然株主ですが、その中でも26.90%を保有し、
その保有株式の半数以上を担保に銀行から融資を受けている孫正義氏自身が一番困るということをお伝えしました。
担保割れを起こしてしまうと追加担保を要求され、要求された追加担保を供することができなければ株式を売却されてしまうことにもなりかねません。
つまりこれが何を意味するかというと、ソフトバンクグループの株価が大きく下落すると、孫正義氏は今回のように急いで株価をつり上げる策を講じる可能性が高いということです。
筆者は、急いで株価をつり上げる策を講じる主な動機が孫正義氏自身のためということから、
今後同じような危機に直面した場合にも、違う策だとしても是が非でも株価をつり上げようとするだろうと見ています。
*これはこれまでご説明してきた今回の自社株買いの理由が、孫正義氏自身が担保割れを起こして危機に瀕していたからという筆者の予測が正しいと仮定した場合の話です。
2020年3月に自社株買いを発表したことに他に重大な理由があったのだとすると、今後同じような局面で急いで株価をつり上げる策を講じるか否かは不明です。
昨今、孫正義氏がソフトバンクグループの上場を廃止して非上場企業にしようとしているという報道までなされています。
これが事実だとすれば、孫正義氏がいかに自社の株価の変動に敏感か、そしていかにマーケットの自社に対する評価が適正ではないと考えているかが推察できます。
第9回で皆さんにお気づきいただきたかったのは、SBGが皆さんに与える投資機会の多さです。
時価総額14兆円(2020年10月9日時点)にものぼる巨大企業であるSBGですが、
攻めの姿勢を貫く経営戦略や事業のハイリスクハイリターン性なども相まって株価のボラティリティは非常に高めです。
つまりそれは狙いを定めてタイミングと読みを大きく間違わなければ、大きな利益を得られるチャンスがあるということなのです。
このシリーズをお読みいただいてSBG分析にご興味を持たれた方は、ぜひこれからも注目をしてみてください。
「ソフトバンクグループのやさしい企業分析!」シリーズが、皆さんの投資ライフの一助となりましたら幸いでございます。